「すんません」
上目使いでチラッとボスを見た上田は、意外にあっさり謝罪して足を降ろした。すると、さっきまでのピンと張りつめた空気も吹っ飛んで、何事もなかったかのように開校式が始まってん。
実は、上田の今の状況は、けだるそうな態度とは裏腹に崖っぷちに立たされて内心めっちゃ焦っとってんな。そんな弱気な心情を悟られたくないという気持ちの表れが机の上の足やったんかもな。
ニート・フリーターから脱出
上田は高校を卒業した後、オーストラリアに留学した。けど、目的もなく行ったこともあって、これといって得るもんはなかったそうや。帰国後は昼と夜のダブルワークでフリーターを3年。そんなフリーター生活に終止符を打った後は、仕事もせず自宅で毎日ネットゲームに明け暮れてた。
そんなある日、上田はニートから脱出せざるを得ない事件が起きた。上田のダラダラした生活態度を見て、親父さんは珍しく怒鳴った。
「おまえは、いつまでふらふらしてるんや!? 」
「働かへんなら家出て行け!車も没収やからな」
(やっば~!なんとかせな。これはオヤジ本気やな。)
上田の家は、爺ちゃんの代から飲食店を手広く展開してはって、家もそれなりの資産家や。けど、商売はそんな甘いもんとちゃうから、息子の状況を見かねて思い切った行動にでたんちゃうかな。
実は上田は、家が大好きやってん。ネットゲーム、ビデオ鑑賞、漫画の本を読んだり…。家で過ごすことがこの上なく好きやってん。そんな上田にとって、快適な家と車を失うかもしれへん事態が起こるとは全くの予想外やったみたいや。
仕事に就くのも、アルバイトではあかんと宣言された。すぐに正社員で仕事に就く自信がなかったから、職業訓練に通う3ヶ月だけ猶予期間をもらえるよう頼み込んだそうや。
親父さんからは、
「わかった。けど、職業訓練が修了する日までに仕事が決まらんかったら、すぐに家を追い出すからな。1日たりとも待つことはできんから、覚悟しとけよ!」
そう宣告されて、上田の尻には火がついとったんや。机の上の土足の足もそんな焦る気持ちを他人に悟られたくない、不安の裏返しやったんかもしれんなぁ。
今の自分を変えて自信を持ちたい
もう一人の若手安藤ちゃん。
若いのに世帯主として、病気のおかんと障害があって働かれへん家族を養う必要に迫られててん。この訓練をきっかけに「自分を変えよう」とやる気満々やってん。安藤ちゃんは家庭の事情で専門学校を中退した。人と話すのが苦手やったから、最初は皿洗いのバイトしてたらしいわ。
ある日、「若いのに洗い場の仕事でくすぶっとったらあかん。」って、同僚のおばちゃんの勧められ、その店のホール担当に変わることにしたそうや。最初は緊張してたけど、お客さんから笑顔を褒められたのをきっかけに、人と接するのが楽しなったんやて。
ところが、ホールの仕事は朝から夜遅くまで体力的にきつくて続けられへんようになったそうや。そやからアルバイトと派遣で販売の仕事に転職してん。
販売の仕事は気に入っててんけど、家族も養わなあかん事情ができて、安藤ちゃんはなんとしても正社員で仕事につきたかってんな。
若手2人は、事情は全く違うけど二人とも心理的にも金銭的にも切羽詰まってたんやな〜。